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民謡大賞コンクールは、まさに別次元だった

民謡大賞コンクールの結果を見て、正直、悔しくて言葉をなくしてしまった。
それでも、不思議なほど心は清々しかった。
民謡大賞コンクールに挑んだ数か月を、正直に振り返ってみたい。

コンクールの舞台袖から見た受験生たち

歌が始まる前の静けさ。張り詰めた集中。6人の受験生が、舞台袖でそれぞれの出番を待っている。ある人は三線を抱えたまま微動だにせず、またある人は付き添いの方と歌の確認をしながら、静かに順番を待っていた。

優秀賞や最高賞の部門で感じるような、そわそわとした緊張感とは少し違う。落ち着きの中に、ほどよい緊張感が漂う舞台袖でした。

まさに民謡大賞コンクールは、別次元。それしか言えない。

ただ上手に歌うだけではない。ただ三線を上手に弾くだけではない。歌に込められた思いや感情、そしてこの歌の情景が見えるような歌い方。

自分の人生の一部になった歌を、自分の声で届ける。そんな世界が、そこにはありました。

受験生のレベルは、野球でいう甲子園出場レベル

なぜ別次元だと感じたのか。

一番の理由は、受験生のレベルです。

野球にたとえるなら、甲子園を目指す、あるいは甲子園に出場する選手たちのようなものだと感じました。

地域の大会で活躍しているだけでは届かない場所。基礎を積み重ね、何度も悔しい思いをしながら、自分の力を磨いてきた人たちが集まる舞台です。

民謡大賞コンクールも同じです。

三線が弾ける。歌が好き。舞台に立ったことがある。その先にある、さらに高い場所です。

音程が合っているか、リズムが取れているか、歌詞を間違えずに歌えるか。もちろん、どれも大切です。しかし民謡大賞部門で求められるものは、それだけではありません。

歌の中にある情景をどう見せるのか。
言葉の一つひとつを、どう届けるのか。
聴いている人の心に、どんな余韻を残せるのか。

そこまで磨き込んで初めて、自分の歌として舞台に立てるのだと思います。

だからこそ、受験生の歌には力がありました。歌声を聞いていると、「この人は、この歌と長い時間を過ごしてきたのだな」と自然に伝わってくるのです。

派手に声を張り上げているわけではないのに、心に残る歌がある。高度な技と確かな歌唱力で、観客の目を釘付けにする歌もある。受験生の多くが、なぜか聴き入ってしまう歌を持っていました。

それはきっと、技術の先にある「歌い込み」があるからなのでしょう。

課題曲は自由。だからこそ、ごまかせない

民謡大賞コンクールでは、選曲がすべて自由です。

これは、とても大きな意味を持つことだと思います。

決められた曲の中から選ぶのではなく、自分が一番好きな曲、自分の声に合う曲、自分が長く歌ってきた曲を選んで受験する。いわば、自分の「十八番」を持って舞台に立つのです。

十八番というのは、ただ得意な曲というだけではありません。

「この曲なら自分らしく歌える」
「この曲の良さを伝えたい」
「何度歌っても、まだ深めたいと思える」

そんな思いが詰まった一曲です。

自由曲だからこそ、その人がどれだけ歌と向き合ってきたかが表れます。選曲にも、その人らしさが出ます。節回しにも、声の出し方にも、間の取り方にも、その人が歩んできた時間がにじみます。

そんじょそこらの歌ではありませんでした。
一曲一曲に、その人だけの物語がありました。

特に印象に残ったのは、皆さんが二年、三年、あるいはそれ以上の時間をかけて、一曲を歌い込んでいることです。

最初は難しく感じた歌でも、毎日少しずつ練習する。先生に教わり、録音を聞き返し、うまく歌えないところを何度も繰り返す。舞台で歌い、失敗して、また練習する。

そうして少しずつ、歌が自分の中に入っていくのです。

歌詞を覚えるだけでは足りません。節をなぞるだけでも足りません。
歌の意味を感じること。

自分の呼吸で歌えるようになること。三線の音と声が自然に重なること。

長い時間をかけて、その歌が自分のものになっていく。その積み重ねがあるからこそ、歌に深みが生まれます。

深みのある歌は、不思議です。聴く人を急かしません。無理に感動させようとしません。それでも、聴き終えたあとに心に残ります。「もう一度聴きたい」と思わせてくれます。

民謡の深さを、しみじみと感じました。

一度は挑戦してみてほしい

民謡大賞コンクールを見て感じたことは、三線や民謡を本気で深めたい方には、ぜひ一度挑戦してほしいということです。

もちろん、「民謡大賞」と聞くと、まだ自分には遠い世界のように感じるかもしれません。

「そんな上手な人ばかりのところに出るのは怖い」
「もっとできるようになってから考えよう」
「自分には無理かもしれない」

そう思う気持ちも、よくわかります。

でも、最初から完璧な人はいません。

最高賞までの道のりには、基礎を固めながら一段ずつ上がっていくコンクールの段階があります。私はそれを、技術を高めるための大切な階段のように感じています。

今の自分の位置を知る。次に何を練習すればよいかが見えてくる。普段とは違う緊張感の中で、自分の課題に気づく。

それだけでも、挑戦する価値は十分にあります。

コンクールは、誰かと比べて落ち込むためのものではありません。昨日までの自分より、一歩前に進むためのものです。

一曲を大切に育てること。基礎を丁寧に身につけること。人前で歌う勇気を持つこと。その積み重ねが、やがて自分だけの十八番につながっていきます。

民謡大賞コンクールは、決して簡単な舞台ではありません。

けれども、本気で技術を高めたい人、本当に自分の歌を持ちたい人にとっては、大きな目標になります。

「もっと上手くなりたい」
「一曲を深く歌えるようになりたい」
「自分の歌を見つけたい」

そう思っているなら、ぜひ民謡大賞コンクールを目指してみてください。その挑戦の先には、これまで見たことのない景色がきっと待っています。